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        TTMノンフィクションマガジン

                         No.22 2000.3.21
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  こんにちは。
  このメールマガジンを講読していただきありがとうございます。

  このマガジンはティータイムマガジンのバックナンバーから
  ノンフィクションやエッセイの部分をお届けします。


  今回から3回にわけ、お米にまつわる話をお届けします。
  今回の内容は98年4月17日に発行した22号のものです。
  日付けなどは発行当時のままにしてあります。

  CONTENTS
   1:米
   2:穀物
   3:米の生産
   4:日本の米
   5:米の価値
   6:米の栄養価
   7:これから


  それではごゆっくりどうぞ。


●1:米●

  前号まで三回、脚気の話を続けました。ちょっとしつこかったですね。
その中で「日本陸軍では白米至上主義のため脚気が多発した。」および「麦食
を採用することで脚気は激減した。」ことを繰り返し述べました。なんだか米
のことを徹底的にけなしたような気がします。

  実は穀物のうち、最も優れているのは、米なんです。
なんて書くと、この前と言うことが違うじゃないか、とお叱りを受けるかもし
れませんね。でも、本当なんですよ。

  精米し、糠を落とすとビタミンB1が失われます。ですから副食をちゃん
と摂らず、御飯ばかり食べてると脚気になるんですね。この弱点はありますけ
れど、それを除けば他の穀物よりずっと優秀です。麦にしてもトウモロコシに
しても、脚気にはならないかもしれませんが、もっと大事な栄養素が欠けてい
ます。

そんなわけで、今回は米の話です。


●2:穀物●

  われわれ人間の主要食料は穀物です。もちろん野菜も食べますが、カロ
リー源として効率が良く、沢山とれ、安定供給できる農産物といえば、やはり
穀物が一番です。肉や乳製品は動物に飼料を食べさせて得られます。家畜飼料
はトウモロコシを中心とする穀物から製造されます。つまり肉を食べることは
穀物を別の形で摂取してることになる訳です。

  地球上には約三十万種の高等植物があります。食用になるのはそのうち
二百八十種で、ほとんどが野菜です。穀物はアワやヒエなども含め、数十種し
かありません。そして、米と麦とトウモロコシの三つで世界の穀物生産量の
四分の三以上を占めます。そんな訳で、この三つを主要穀物と呼びます。

  具体的に見てみましょうか。アメリカ農務省は定期的に世界の農産物統計
を発表しています。今年2月11日に発表された、昨年から今年にかけての穀物
生産高見込みによれば、世界の穀物総生産量は18億8400万トンです。内訳は
小麦が6億940万トンで最多。次にトウモロコシ、5億7850万トン。そして米
が3億8180万トン。三つで15億6970万トン。やはり主要三種で全穀物生産量
の83.3%を占めています。

  今回の話には数字がいっぱいでてきます。ややこしくてすみません。
なるべく数字が減るよう努力しますので、何卒よろしくおつき合い下さい。

  なお「米が3億8180万トン」などとありますが、脱穀しただけのモミのつ
いた状態で計算すると、世界の米生産量は5億5000万トンほどです。このよう
に「モミつき」と「精米」では、かなり量が違います。この話では特にお断り
しない限り「精米」の話です。


●3:米の生産●

  世界の耕地面積は十五億ヘクタールと言われます。うち一億五千万ヘク
タールで米が作られています。その90%がアジアに集中しています。米を最も
沢山作っている国は中国で、1億8700万トン(モミつき、1995年)。これは
世界の生産量の34%にもなります。次いでインドの1億2,200万トン(モミつ
き、1995年)、それからタイやベトナムなど東南アジアの国々です。

  そして、米を主食にしてる人が地球上で二十億人います。世界の人口の
三分の一ですね。アジアの他、中近東それにアフリカの一部で米を主食にして
います。

  米生産がアジアに集中している訳は、米作りに必要な自然条件のせいで
す。つまり年間700ミリ以上の降水量と、年間5000度の有効積算気温が必要
です。有効積算気温は作物の生育に有効な気温を積算したもので、具体的には
摂氏10度以上になる期間の気温を足して計算します。日本をはじめ東南アジア
や南アジア諸国は軽くクリアしています。

  えっ、ちょっと待って。アメリカの米なら、カリフォルニア米が有名です
よね。温暖な場所みたいだから積算温度は大丈夫そうだけど、そんなに雨が降
るのかしら。そう、その通りです。カリフォルニアの降水量は500ミリ足ら
ず。なのに米ができるのは、大規模な撒水農法のおかげなんです。

  雨水を貯えるため、二千ものため池が作られています。また井戸を掘り、
地下水も汲み上げます。こうして得た水を、長さ一キロもあるパイプに通し、
広い広い畑に潅水してまわる大農法。だからこそ米が作れるのです。もっとも
汲み上げを続けたため地下水位が下がり、どんどん井戸を深くしなければなら
ないとか、表土が流出するとか、塩害がでるとか、様々な問題を抱えてもいる
のですが。


●4:日本の米●

  確認できた我が国最古の水田は、佐賀県唐津市の菜畑遺跡でみつかった
2400年前のものです。狩猟採取の縄文、稲作が始まって弥生、と昔習った記
憶がありますけれど、少なくとも縄文時代晩期には稲作が始まっていました。
日本人と米との付き合いは、卑弥呼の時代より古いのですね。

  さて今の我が国では、米が年間約1000万トンとれます。減反政策で水田
がずいぶん減ってしまいましたし、味の良い上質な米ほどよく売れるため、
収穫量より品質重視で品種が選ばれています。今でも頑張れば1500万トンの
米を作る能力はあるそうです。

  現在、日本人が一人で一年間に食べる米の量は65キロぐらいです。
平成9年のデータでは、一人一月当たりの米の消費量は、生産者で6.3〜7.4キ
ロ、それ以外の世帯では5〜5.5キロです。前年同月と比較した場合、連続24
か月減少が続いています。日本人はずいぶん米を食べなくなりました。

  加賀百万石などと言いますよね。昔は米の取れ高で、その地方の経済力を
あらわしました。一石は容積の単位で、十斗、およそ180リットルに相当しま
す。重量換算で160キロほどです。一石は一人が一年に食べる米の量をあらわ
す単位でした。鎌倉時代の米の収穫高は1200万石。人口も1200万人程度でし
た。戦国時代で2500万石。1000万石強増やすのに300年かかりました。これ
が江戸時代になると社会の安定と藩ごとの殖産により、百年たらずで3500万
石に増加しました。元禄文化の華やかな頃でした。

  江戸時代の人口は比較的増減が少なく、およそ3000万人です。江戸時代
と言えば、農民はいくら米を作ってもお代官様に年貢として召し上げられ、
自分たちは食べられなかったような印象を、私は持っていました。でもこれは
時代劇の見過ぎのようで、当時の米の生産高と人口から考えれば、農民も米を
口にしていたと看做すのが妥当だそうです。もちろん腹一杯食べられたかどう
かは別ですが。

  米の収穫量が飛躍的に増大したことと流通機構の確立により、江戸や大阪
には全国から米が集まりました。都市部ではかなりふんだんに米が食べられた
ようです。当然ランクづけも始まりました。元禄の終わり頃、一番美味しいと
されたのは、稲毛の弥三朗米で、これは大名や大商人、それから吉原の花魁の
食膳にのぼったそうです。高級米でなければ庶民にも手が届きました。1859
年の江戸大丸呉服店の帳簿によると、店員たちは年間228キロもお米を食べて
います。

近世ではどうでしょう。「雨ニモマケズ」という宮沢賢治の詩の一節に

   一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ

とありますよね。この詩の時代背景は大正末期から昭和初年。宮沢賢治はつつ
ましやかな岩手の農民の一人として、この詩を書いています。それでも日に玄
米四合です。これを一年の量に換算すると210キロにもなります。当時の東北
の農民は、今の我々の三倍以上も米を食べていたのですね。

  生産農家でなくとも、この時代の米摂取量はたいへんなものです。農林水
産省の統計では、全国平均で一人年間160キロ以上を食べています。また、米
の作付け面積が最大だったのが、この昭和初年です。約320万ヘクタールの耕
地で米が栽培されました。単位面積当たりの収量は今の半分強。全国の収穫量
が900万トン。それでも足りず80万トン程度を輸入していました。

  太平洋戦争中は米の生産も相当に低下しました。敗戦の昭和20年の米の
収穫高は587万トンに過ぎませんでした。戦後、人々は米の増産に励みまし
た。腹一杯米を食べよう、それが日本中の合い言葉でした。

  そして日本が米の自給を達成したのが、昭和35年です。ひょっとしたら、
この頃が米の黄金時代だったのかもしれません。当時年間128キロだった一人
当りの米消費量は、この後次第に低下してゆきます。昭和45年が102キロ、
50年が93キロ、55年に85キロ、平成3年は70キロ、そして現在は先ほど述べ
ましたように65キロ。

  このように日本では年々米の消費量が減っています。また減反政策が進み
平成十年度は96万3000ヘクタールの水田が休耕する計画です。これほど人気
がなくなるなんて、食物としての米の価値が低下したのでしょうか?とんでも
ありません。米は今でも最優秀な穀物です。そして、作れるのに作らない国
は、日本だけです。


●5:米の価値●

  さて、繰り返しになりますが、昨年の米の生産量は3億8180万トンです。
世界中でこれほど大量の米が作られています。また米の輸入を行っている国
が、アジアのほか中近東、アフリカ、ヨーロッパなどに百か国以上あります。
後で述べますが小麦の方が余程供給が安定しており輸入しやすいのですが、
それでも米を希望するんですね。そして新たに米作りを始める国も少なくあり
ません。世界では米はとても人気があります。

  その理由は簡単です。米が食品としてたいへん優れているからです。
米は脱穀しさえすれば炊飯して美味しく食べられます。麦も、不味さを我慢す
れば、そのまま食べられないこともありませんが、基本的には一度粉にした上
でパンや麺やパスタにして食べるのが普通です。麦は手間がかかるんですね。

  単位面積当たりの収量でも米は小麦をかなり凌ぎます。
農地1ヘクタール当たりの小麦の収穫高は、平均3トンです。特殊な例とし
て、灌漑、化学肥料、ハイブリッド種子などを思いきり用いた結果、7トンと
いう記録があります。でもこれは土にものすごい負担をかけますし、どこでも
可能ではありません。一方、1ヘクタール当たりの米生産量では、お隣の韓国
が世界一です。韓国全土の平均で7トンもあります。日本の場合は生産調整を
強いられていますが、それでも5トン弱はとれます。実は穀物のなかで、単位
面積当たりの収穫量が最も多いのは、米なんです。

  同じ耕地に同じ作物を毎年植えると、次第に収量が低下します。これを連
作障害と言います。麦も例外ではありません。このため中世ヨーロッパでは三
圃式農法が行われました。これは、一度麦を作ったら、その畑では続く二年間
牧草を作って家畜に与え、草の残りと動物の排泄物で地力を回復させ、三年目
にまた麦を作るという方法でした。回復に二年もかかるほど、麦は土を痛める
のです。ところが水稲にはこの連作障害がありません。日本の水田の大半は江
戸時代までに作られたものです。数百年間、同じたんぼで、毎年米が作れるの
です。これは大変な利点です。

  また保存性にも優れています。きちんと乾燥させ、籾のついたままの状態
なら室温でも数年は平気です。


●6:米の栄養価●

  前号までの脚気の話で「陸軍では森林太郎(森鴎外)が中心になり米食と
麦食を比較する兵食試験を行った。その結果、米食が栄養的に優れているとい
う結論に達し、これが白米至上主義の根拠となった。」ということを書きまし
た。麦の蛋白は消化が悪く、どうしても動物性蛋白の助けが必要です。また米
は栄養素の98%が吸収されるほど消化効率が良好です。兵食試験の結果は正し
かったのです。ただ米にはビタミンBが足りないため、脚気になりやすいこと
を見抜けなかったのが間違いの元でした。

  1970年代のアメリカでは肥満と、それに伴う成人病がクローズアップさ
れました。断食療法がはやったり、外科的に胃を小さくしたり、腸を短く切っ
たりすることさえ行われ、社会問題になりました。これに対して民主党の上院
議員ジョージ・マクガバンが当時の食生活を分析し、1977年に報告書を提出
しました。

  このマクガバンレポートでは、そこまでの50年でアメリカ人の食習慣が激
しく変化したことをあげています。肉を多く食べるのに伴い脂肪の摂取量が大
幅に増えたこと。ファーストフードを食べることが多くなり、塩分を取る量も
増えたこと。そしてコーラなどのソフトドリンクのため糖分摂取量も著しく増
えたことなどを指摘しました。そして「世界にただ一つ理想的な食生活をおこ
なっている国がある。我々はこの国を見習うべきである。」と述べました。
この理想的な食生活と評価された国が日本でした。

  このレポートが発表されたあと、日本食ブームが始まりました。すしバー
などが流行るのもこの時からです。これを境にアメリカ人の米消費量は十倍に
増加しました。といっても年間0.5キロが5キロになっただけですが。

  アメリカのライスカウンシルが日本での米販売促進のために作ったパンフ
レットがあります。米の栄養のことも説明してあります。面白いので要約して
紹介いたします。

===================================
 数千年にわたり世界の人々の大部分を支えてきた主要な作物であるコメは万
能の食物であり、どんな食事にもよく合います。
 複合炭水化物であるコメはエネルギーを体に供給し、そのレベルを長時間保
ちます。蛋白質の節減効果もあります。
 コメに含まれる蛋白質は八つの必須アミノ酸をふくみます。また、ミネラル
やビタミンなどの重要な補給源で、かなりの量のチアミン、リボフラビン、
ナイアシン、リン、鉄、カリウムを含んでいます。
 脂肪の含有量はわずかでコレステロールを含みません。アレルギーの誘発性
がなくナトリウムもごく少量です。
 米国のコメは健康増進に役立つ栄養食品であり、ダイエット食品としても理
想的な特性を持っています。
===================================

なかなか力が入っているでしょう。販売促進パンフですし、少し大袈裟な表現
もありますけれど、アメリカ人が米をどう評価しているか、分かる文面です。

食糧庁の発表データで、もう少し栄養価につき説明します。

茶碗1杯分(150g)の米飯で以下の栄養がとれます。
   カロリー  222kcal   糖質 47.6g   
   たんぱく質  3.9g   脂質      0.75g 
   ビタミンB1  0.05mg   ビタミンB2  0.02mg
   ビタミンE    0.3mg    カルシウム    3mg
   鉄        0.15mg   マグネシウム   6mg
   亜鉛       810μg   食物繊維    0.6g

茶碗一杯のご飯は食パン一枚より低カロリーです。しかも、パンにはバターを
塗ったり、脂っこい料理の方が合うことを考えると、ご飯の方がダイエットに
適しています。また茶碗一杯のご飯には牛乳コップ1/2杯分の蛋白がありま
す。米は糖質だけでなく、蛋白質も結構含んでいるのですね。

  カルシウムはプチトマト3個、鉄はとうもろこし1/3本、ビタミンBはさや
えんどう12枚、食物繊維はレタス1枚半、マグネシウムはグリーンアスパラガ
ス5本、亜鉛ならほうれん草1/2束分あります。老化防止効果があると言われ
るビタミンEはゴマ小さじ8杯分に匹敵します。

  ちなみに、脚気の原因はビタミンB1不足でした。ビタミンB1の一日必要
量は1mgですから、米だけで補うには茶碗二十杯食べなければなりません。
白米に片寄った食事で脚気が多発したのはこういう理由でした。


●7:これから●

  以上述べてきましたように、米は主食穀物として大変優れており、世界規
模で考えれば、まだ増産が必要な作物です。でも日本では年々消費量が低下し
ています。米に人気がなくなったのだから仕方がない。たしかにそうかもしれ
ません。

  1993年頃、ガットのウルグアイラウンドを巡り国内でもずいぶん議論に
なりました。日本では米の輸入自由化が焦点でした。米を作り過ぎて在庫過剰
になれば、倉庫代もかかることだし、高くつく。足りなければ輸入すればい
い。高い国産米を買わされるより、輸入米を安く買う方が得だ。カリフォルニ
ア米の味はなかなかのものだし。私はあの頃そんな風に考えました。

  でも、その一方で我々の主食まで輸入に頼ってよいものか、なんとなく
不安に感じたのも事実でした。あなたはいかがでした?

  米のことを知りたくなったのはこんな動機からでした。前ふりのつもりが
長くなり、書ききれなくなりましたので、次回も米の話を続けます。米にまつ
わる問題点を、もう少し詳しく書くつもりです。


---------(from ttm 022 4/17/98)


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